空き瓶

思ったことや自作小説について

埃のように無意味で良かった?

うちの高校の文化祭は, 1, 2 年生は教室を飾りたててなにか催し物をやり, 3 年生は中庭で食べ物屋台を開く, というものだった.

文化祭は, 友人と連れだって見まわるのがふつうだ. 各クラスもそれを前提に催し物を ―― お化け屋敷だのクイズ・ハウスだのを ―― 作っている. だから, 当時から友人の無かった僕が独りで入れる雰囲気ではなかったし, 入りたいとも思わなかった. 特に 3 年生の食べ物屋台. 素人の同級生が作った食い物に金を払うだなんて, 自分には理解できなかった. 同級生が作った, という時点で気もち悪かった.

それで, 文化祭のあいだは, 写真部だとか社会部だとかのパネル展示を見ていた. 別棟の廊下にあって教室から離れており, そもそもマイナーな部の展示に需要がある筈も無く, 閑散としていた. 別に, 弱小クラブの発表に自分がなにかシンパシーを感じたわけではない. 展示を読む振りをして時間を潰していただけだった. 時間をとり繕うのに恰好の場所だった. それでもぽつぽつひとが見に来るし, ずっといると怪しまれそうだから, 適当にトイレの個室に籠もったりもしていた. トイレからパネル展示を見に戻っては, やがてトイレへまた引きかえし ……, を繰りかえして *1, 文化祭を乗りきった憶えがある. しきりに 「俺はなにをやっているんだろう」 と感じたことを憶えている.

以上, ふと思いだしたので …….

*1:「ちょこまかゴキブリみたいに動きまわらず, ずっとトイレで読書でもしていれば良かったのでは」 と思うのだが, 同級生ががんばっている中 (彼らはがんばっているらしい!) 籠城を決めこむなんて, バレたら叱られそうな不良行為に思えて, 小心な自分には無理であったろう