空き瓶

思ったことや自作小説について

空き地の孤独の夢

大学1年生の10月のこと。

僕は友人無しの人嫌い,いわゆる 「ぼっち」 だったので *1,講義の無い空きコマはひとりで時間を潰していた。

うちの大学は偏差値40代の無名大学で *2,キャンパスも高校と変わらないような小ぢんまりしたものだ。屋内で時間を潰せる場所なんて,食堂・図書室・コンピューター室 ―― 精々この3ヶ所しかない。

食堂は論外だ。

図書室は微妙だった。僕は,図書室は本を読んだり課題をしたり,そういうための空間だと思っているのだけど,周りの利用者を見ると,スマートフォンでゲームをしている人が半数に思えた。利用者が多い時間帯だと,しょっちゅうクスクス笑い声が聞こえてくるし,それ以前に,職員らの雑談が大きくて耳障りだった *3。ひとり席は無く,つい立ての無い大机が並んでいるレイアウトも,斜め向かいに誰かが座るだけで動悸してしまう僕には,好ましくなかった。

コンピューター室も似たようなものだ。図書室よりも閑散としている点は嬉しかったけど,音を出しながらゲームしてゲラゲラ盛りあがっているグループがいたりして,結局安定して落ちつける場所ではない。コンピューター室でひとり本を読んでいると,4,5人のグループがなにかまくし立てながら入室してきて,後ろのほうでゲームだか動画再生だかをおっ始め,泣く泣く図書室へ逃げ込む,ということが良くあった。

こういう感じで,屋内で時間を潰せそうな (食堂・) 図書室・コンピューター室は,どこも自分に合わなかった。

先に書いておくべきだったけれど,うちの大学はド田舎もド田舎,山の中腹のようなところにあって,周りには山々とまばらに民家があるだけだ。学外に落ちつける場所を望むべくも無い (まぁ,仮に喫茶店とかがあっても行かなかっただろう) *4

学内外共に居場所が無い。その上,他人の (特に中途半端に見しっている同級生の) 姿を見たくない/見られたくないという,そもそもの人嫌いな性分が昂じ,やがて 「まともなところでなくたって良い。最悪山の中でも,ともかく人気の無いところに行こう」 と考えるようになった。

そして,大学周りを歩きまわったりGoogle Mapsの航空写真と睨めっこしたりした甲斐あって,大学横の坂道から脇に逸れている謎の小道を航空写真で見つけた。

実際にその暗く人気の無い大学横の坂道を下りていってみると,ガード・レールの途ぎれ目に 「立入禁止」 の錆びたチェーンが張ってあって,そこから確かに砂利の脇道が始まっている。注意しない限り気づかなかっただろう。チェーンを跨いで,下り坂になっている砂利道をドキドキしながら下りていった。横で木々が茂る一層暗い道を下ること数分,開けた明るい砂利の広場に出た。

ここだ,と思った。航空写真から,なにか空き地らしきところに通じていることは予測していたのだけど,半信半疑だった。朽ちた大きな木板が一角に積みあげられているほかは,ベンチもなにも無い。昔は資材置き場だったのかも知れない。砂利のあいだからは雑草がまばらに生えている。僕には十分だった。

その日から,昼休みや講義の空きコマはそこで過ごすようになった。要らないタオルを敷いて座り,読書したり音楽を聴いたり,でも大抵はなにをするでもなくボーとして過ごした。森の音を聴いているだけで幸せになれた。自宅へ帰るのも憂鬱だったから,その日の全講義が終わったあとも,まっ暗になるまでそこにいた。大学から徒歩数分の範囲に,こういう静かで脱俗的なところを見つけれて,僕はほんとうに嬉しかった。

空き地を見つけてから1週間目ぐらいの放課後。もう習慣となったようにそこで時間を過ごしていた。日が暮れつつあった。道の遠くからなにかガヤガヤ聞こえてきて,血の気が引いた。音に神経を集中させる。荒々しい笑い声が明らかに近づいてきている。すべてを察し,頭がまっ白になりながらも,ともかく敷いていたタオルをリュックにしまい込んで,立ちあがった。しかし,どうしようも無かった。ここへの道は一本だけで,逃げ道なんか無い。

頭がワンワンしてなにも考えられず棒立ちになっていると,やがてチャラい感じの男女10人ほどが入ってきた。バーベキュー用具を持っていた。ゲラゲラ笑いながらやってきた彼らは,僕に気づくとハタと黙った。無理も無い。夕暮れ時の空き地に,得体の知れないモヤシ野郎がつっ立っていたのだから。「え。ちょ,おまえなにしてんの?」 プロレスラーみたいな体格の男が嘲るように訊いてきた。「もしかしてボク,ここでセンズリこいてたとか?」 別の奴がそういうと,ドッと爆笑が起こった。僕が泣きそうになりながら無言で去ろうとすると,「おーい答えろよーう」 とか色々野次を飛ばされた。道へ戻ろうと彼らの横を強引に通りぬけたとき,肘でど突かれた。後ろからギャハハ笑う声が響いてきた。

以後,もうそこには行っていない。

冷静に考えれば,孤立した僕が独力で見つけれる 「乱痴気騒ぎに打ってつけの穴場」 を,人脈やら情報網やらを持っている 「ふつうの学生」 が,知らない筈が無いのだろう。あそこを 「自分のみが知る聖地」 だと思い込んでいた自分がバカだった。それだけの話だ。


最後に。自分の大学のことを非常識な学生ばかりであるかのように書いたけれど,もちろん,向上心を持って熱心に勉強する見あげた人も数多くいる。僕自身は大学内でも中ぐらいの成績で,ほかの学生を偉そうに非難する資格なんてハナから無いのかも知れない。公正のために一応それだけ。

*1:「だった」 と書いたが,今もそう。

*2:ある学科は偏差値50を超えているが,どうでも良い話だ。

*3:尤も,学生が良く職員と談笑していたりするから,ふつうの学生には受けが良いのかも知れない。気さくで話しやすくて。職員らの雑談もフレンドリーで仲が良いことの裏返しで,神経質に苛だつ僕が空気を読めていないだけかも知れない。

*4:こういう場合の喫茶店って,軽く飲食しながら一息つくための場所だろうけれど,誰かとスペースを共有する時点でストレスなのに,それにお金を払うなんて自分にはどうも ……。